予備校と仕事の両立時代

受験勉強は1日17時間とかやって次の日休むより1日5時間くらいを毎日続けていくべき論者です。1日1時間でもいい。ブログも多分細く長く続けることに価値があるわけです。

読みやすいと反響を頂いたようでありがとうございます。まだ仕様等よく分からないので試行錯誤しながらやっていきますね。

 

さて今日は前回の続きで2018年4月の予備校生活の始まりから、退職するまでの話をします。

少し遡りますが、2018年2月に会社のオフィスが移転したのに合わせて自分も引っ越しました。

就職と同時に会社の近くに移住して自転車通勤していたのですが、1年足らずで会社が移転したことで、また引っ越すか、自転車で頑張って通うかの選択を迫られたわけです。そして自転車で通うには坂道が多く車も多かったためまず選択肢から外れました。事故怖いしね。

そもそも今私が住んでいるところも家賃高いし、会社の住居手当が出る範囲でより安いところに引っ越すか……と思い結局また引っ越すことにしました。会社に振り回されてるようで嫌だったのですが仕方ない。そうして選んだのが御茶ノ水で(御茶ノ水もそこまで家賃安くないんですが)、電車通勤することにしました。フレックスなので10時くらいの電車なら混雑を避けられると思ったのです。

 

仕事場と住居というほぼ生活のすべてを刷新した私ですが、これに予備校通いが加わってさらにストレスが加わっていきました。

基礎シリーズと呼ばれる高校範囲の習得期間は、火曜と木曜に物理と化学、土曜に生命科学の授業がありました。この平日の物理と化学は始業が19時で、仕事を18時に終えてすぐに出ないと間に合わないんですね。

先述のように職場はフレックス制を導入していて、私は11時出勤20時退勤が常だったのですが、火曜と木曜は頑張って9時出勤18時退勤していました。朝の電車もそうですが、仕事を終えて予備校に向かう電車も帰宅するサラリーマンでギチギチで非常につらかったですね。結局満員電車に乗る羽目になってしまい悲しかったです。

加えて物理と化学は初学だったため、内容がそもそもハードルが高かったです。何でも慣れれば問題は解けるようになると過去の経験から思っているんですが、物理も化学も慣れるまでに相当の時間と労力を要しました。

発狂でもしかかったのかテキストの問題に「これはやべえ」って走り書きしてありました。頭も相当やばかったんでしょうね。

 

そんなこんなで自業自得とはいえ一気に忙しくなり疲弊していった私ですが、唯一仕事時間だけは暇でした。語弊があるかもしれませんが、この時期私がやるべき仕事の量は少なく、1年経って慣れたこともあって午前中2時間くらい作業するともう終わり、という日もありました。とはいえ仕事中ですからテキストを開いて勉強というわけにはいきません。この時間を使って勉強したいのにできないフラストレーションと日々の焦りとで徐々に追い詰められていきました。

昼休みもTOEFLの単語帳を開き、たまに長く取りすぎて怒られることもありました(アニメ『NEW GAME!!』でもねねっちがうみこさんに怒られていましたが、就業時間中はちゃんと座っていることが求められます)。仕事がなくても無意味にパソコンの前に座って暇を潰していなければいけないというのはなかなか苦痛です。

 

そしてニート

6月くらいになって「ああもう無理だな」と何かが切れ、退職を決意しました。当時唯一の同期が一足先に退職していたこともあり、言い出しやすくはありました。ただやはり、上司にSlackで「少々大事なお話があるのですが、明日か明後日お時間頂けますか」と送ったときは緊張しました。

上司は後々推薦状の件でも登場しますが、頭も人柄もめちゃくちゃいい人です。Slackを送って直後に「え!?何!?絶対良くない話でしょ!?今からでいいよ!」と言われ、結局その場で医学部編入を目指していること、退職して勉強に専念したいことを伝えました。

上司は驚くと同時に喜んでくれ、「今度はもりす先生になって戻ってきてくれよ!」と言って応援してくれました。会社員の方はこういう反応は驚かれるかもしれませんね。ひどい会社だと笑われたり退職が認められなかったりするらしいです。

そこから2ヶ月間フルに働きました。辞めることを伝えてから私ができるギリギリ一杯の量の仕事が降り注ぎ、結構充実していました。前からこうだったら良かったな(笑

2018年8月末で円満に退職し、晴れてニートになりました。最終日に高熱を出して早退し、ちゃんと辞められたのは9月に入ってからでしたが(詰めが甘い)。

 

きりがいいのでまた明日、ニート時代の楽しい思い出を書くことにします。